公務員及び研究者の資料の視覚化における当事者デザイン支援について

 公務員や研究者の資料の視覚化に関する一連の取り組みを振り返り考察したいと考え、第64回 日本デザイン学会で発表をしました。発表したテーマセッションは「当事者デザイン」です。このテーマセッションは今年初めて設定されたにも関わらず、たくさんの方が発表されており、デザイン研究者の関心の高さが伺えまます。萌芽的な領域ならではの多様な解釈や事例紹介があり刺激を受けました。

私は、一連の視覚化支援を元にした当事者デザインの方法論として提案しましたが、これが本質的な方法論と言えるのか、自分でも疑問が残ります。また、共創のデザインやデザインの学びとの違いを明確に説明できない部分もあります。しかし、今まで見ることができなかった包括的なデザインの生成過程が浮かび上がるような気がしています。

これまで明確に分かれていた「使う人」と「作る人」あるいは「依頼する人」と「作る人」の境界を不分明にしたり融合させた時に何が起こるのか、これからも探求していきたいと思っています。

以下にあるものは口頭発表の発表原稿とポスター発表のデータです。何かご意見がありましたらフォームにて送信いただければ幸いです。

 

追記:デザイン学会より口頭発表の件でグッドプレゼンテーション賞をいただくことができました。ご助言くださった皆様、ありがとうございました。http://jssd.jp/3379

公務員の資料の視覚化における当事者デザイン支援

一般的に組織や集団におけるデザイン制作は、対象とする人の数が多く、デザインによって得られる直接的な対価が高いものほど、デザインの専門家に依頼・発注される傾向が高まります。

他方で組織や集団にはデザインの専門家に依頼・発注するまでに行かずとも、非専門家つまり当事者でなければデザインできない様々な創造的行為があります。これらの領域は専門家が担う仕事としてはあまりに膨大です。しかしそのデザインの価値は決して低いものではなく、組織や集団の営為の根源的な意味合いを含むものも多くあります

本研究における当事者デザインという言葉の定義を「創造を必要とする組織や集団が自分たちで実現する持続的な創造行為」としました。この定義の中にある「持続的」という言葉には、組織や集団が予算や時間的な課題を意識せずに、継続的な創造により漸進的な成長を目指すことを意味しています。また、「自分たち」という言葉には、創造に関わる人々が作り方やその成果を共有し合うことを意味しています。

 このような当事者による創造行為は、工業の民主化とも言えるメイカーズムーブメントや、住民の自発的参加を起点とした地域作りなど様々な領域で模索されていますが、本研究では、行政や研究機関による情報の発信にフォーカスを当てています。行政や研究機関から発信される情報は、難解なものが多く、人の関心や共感を生み出しにくいものですが、社会が共有すべき大切な情報であり、適切にデザインされるべき情報の一つであると考えます

特に、公務員や研究者は文章資料に加え、数多くの図的資料を制作してていますが、制作時間のコストや視覚伝達の質に課題を抱えています。本研究ではこれらの公務員や研究者が視覚化をするための様々な支援を考察しながら、当事者デザインを実現するための方法論的な枠組みの提案を目指します

 行政機関、特に政策決定に携わる中央省庁では、政策や法的文章を視覚化した図、通称、ポンチ絵がよく制作されています。これらの資料は、政治家に対する説明として使われるほか、省内のコミュニケーション、そしてWEBサイトなどを通じて国民に向けて広く発信されます。

ポンチ絵は完成に求められるスピードや予算の関係から一般的にデザイナーに発注することは稀であり、公務員自身によるデザインが求められています。しかしながら公務員にとって制作の時間的負担が大きく、公務員自身のポンチ絵に対する自己評価は極めて低い状況です。

本研究では内閣人事局で1年程度実施してきた様々な視覚化支援を、プロセスとして整理し、当事者デザインの方法論的枠組みとして右の図のように提案しました。上の範囲が当事者、下の範囲が専門家を中心とした役割となっており、真ん中の範囲が両者の協働領域となっています。1~6へと進み、最終的に当事者が自走可能な過程に進むことを目指します。また、定期的にデザイナーが関与し何度もプロセスを循環させアップデートさせることも求められると考えられます。

Collection 制作物の回収と共有

まず、組織内において当事者がどのようなデザインをしているか確認するため、制作物の回収や共有をします。当事者デザインの目的はデザイナーが発案したものを当事者に作ってもらうのではなく、当事者が創造したいと考えているものを支援することにあります。そのため、当事者による表現の兆しや、工夫の痕跡を丁寧に発見していくことが、デザイナーにとって大切であると考えます。

一方、当事者にとっては組織内でどのような表現があったのか表現の違いを理解したり、デザインに対して意識的になることが必要だと考えられます。ワークショップなどを通して、他者の作った資料を数分間見た後に、その資料を隠し、記憶したものを描いているワークや、既存の政策資料を印刷したものをハサミで文節ごとに切り取りレイアウトを再構築するワークなどを通して、普段、無意識で制作・閲覧しているデザインに意識的になる場を作ります。

Analysis 制作環境の確認や制約と慣習

次に、当事者がデザインする環境の観察を行います。デザインの目的や利用の状況、デザイン制作における技術的・時間的・コスト的な制約を整理します。例えば、中央省庁の公務員の政策資料は政治家への説明資料としてA4やA3サイズ1枚でまとめて伝達できるようになっていたり、国民に広く知らせるためにWEBサイトでPDFで公開されるなど、複層の利用シーンを持っていることがわかりました。

デザイナーが標準的に用意している制作環境や制作ツールと現場は大きく異なるため、パワーポイントのみの使用やフォントのインストール不可など変えられない制約も多数あります。どのような場でデザインされるかを十分に認識しておく必要があると考えます。他方で、慣習によってデザインの最適化が実現できないことも多く、制約と慣習を切り分けて考える必要があると考えます。

Criteria design 技法の選定や基準寸法の設計

デザインの技法の選定や、身体のスケールにあった適切な基準を用意し、最適な寸法体系を設計します。この寸法体系はレゴブロックやコルビジェのモデュロールのようなもので、制作者にとってはデザインの判断の負荷を軽減させると同時に、受け手や利用者にとっては資料の一貫性が生まれ認知負荷を軽減させることにつながります。また、制作物の互換性を高める効果もあります。適切な名称かはわかりませんが、これらの一連の基準を設計する作業をクライテリア(基準・尺度)デザインと名付けました。

理系の研究者の研究内容の視覚化においては、等角投影図(アイソメトリック図)という立体を斜めから見た図を表示する方法図法を中心としたクライテリアデザインとしました。この図法には、グリッドを用意することで比較的簡単に学習・表現することができ、立体的な表現が容易なため実験装置などの機器の表現がしやすい。また、画風に差が出にくい上に、遠近法のある絵と異なり、つなぎ合わせ拡張することができます。

この図法を用いたワークショップでは、短時間で研究者自身が描けるようになった他、個々人の研究者が描いた者が、他者が描いたイラストと結合することができ、協力して描けるということが可能になりました。個々人の研究者の研究内容が視覚化されると同時に他の研究者とどのように接続されるかが、視覚化されることにより、組織内の相互理解を生み出すことができました。また、一般的なイラストに比べ、作家性や画風のようなものが少ないため、制作したものを蓄積・共有することも容易になります。

Pattern-design 問いとパターンデザイン

先ほどのクライテリアを用いてデザインのパターンを制作します。デザインのパターンはグリッドを基盤にしたダイアグラムとピクトグラムの二つにのレイヤーに分け、ワークショップなどを用いて、必要とされるものをて開発しました。

一方で、パターンという表現の選択肢があることは便利ですが、なかなか使いにくいものであることを感じていました。その使いにくさは、頭で考えることと表現を支援するパターンの間に遠い距離や溝があるからだと考えます。私は、それらを繋げるのは「問い」ではないかと考えました。当事者が視覚化をする前に、表現すべきものは何であるかを整理したり、読み手の視点から理解しやすい言語に置き換えたり、当事者がナラティブに語れるような問いを用意し、それに答えてから表現に進むような手順が必要であると考えました。

Learning 相互の学習

デザインククライテリアの使い方やパターンのデザインを当事者が学びます。また、学びの場は、師匠と弟子の関係にならないよう、当事者同士が探索・教えあいを通して共に成長をする場の設計を心がけます。特に持続的に主体的な学び合いが続くようなクリエイティブなコミュニティーや文化作りが必要であると考えます。

Design&Share デザインの実践と共有

研究者の視覚化の支援では制作したものが他者が使われることへの喜びの声が多く聞かれました。個々人が作ったものが他者にも再利用可能なメディアを用意することが必要だと考えます。

そこで、デザインのパターンやワークショップのプログラムなどをダウンロードできるサイトを公開しました。http://diagram.pics 当事者ができる限り自走できるような情報の発信を行いたいと考えています。

口頭発表の資料はこちらです(SlideDeck)

 

研究者の研究内容の視覚化における当事者デザイン支援の研究

(ポスター発表データ PDF)

 

謝辞

共同発表者の越尾さん、有賀さん田中さん高柳さん工藤さん、学生の植田さん、ありがとうございました。
そして、いつも積極的にご助言をいただいている上平先生をはじめ、諸先生方にこの場を借りて御礼申し上げます。