故・渡辺保史さんのご遺稿の出版を目指すクラウドファンディングが始まった。渡辺さんはメディア・ジャーナリストとしての活動を経て、北海道大学科学技術コミュニケーター養成 ユニット(CoSTEP)特任准教授として着任 、その後2012年に東海大学の札幌キャンパスの教員として着任された。情報デザインの領域に多大な影響を与えただけでなく、地域やコミュニティー、科学技術コミュニケーションという今日的なデザインの課題に対して、先導的な立場で取り組んでいた方だった。
渡辺さんが出版しようと考えていた書籍のテーマは「自分たち事」のデザイン。「自分たち事」とはどのような意味だろうか。渡辺先生とご親交が深かった慶應大学の加藤文俊先生はこのように述べている。
「自分ごと」と「他人ごと」のあいだに、「自分たちごと」があります。それは、マスでもなく、パーソナルでもない、中間の領域です。加藤文俊先生のブログ
渡辺さんはこの「自分ごと」と「他人ごと」の間にある「自分たちごと」にこれからのデザインが持つ課題や可能性があることを示したかったのだ。そして、このプロジェクトは専修大学の上平 崇仁 先生が発起人となって始まった。上平先生はこのプロジェクトを始めた理由をこのように述べている。
彼が亡くなった後、ある筋から遺稿のデータを分けていただき、ちゃっかり読んでながらその後に何も行動を起こさないというのは、さすがに心が痛んだ。彼が論じた「自分たち事」という言葉は、僕一人だけがこっそり持っていたところで全く意味がないのだ。そして数年前の空気感の中で渡辺さんが命を削りながら論じたことは、いつのまにか今の時代をぴったりと言い当てるようなキーワードになっているように僕は感じている。及ばずながら渡辺さんの後ろを追いかけ、同じようなフィールドで活動している自分としては、今の時代に生きる我々を力づけるであろう彼の文章を、できるだけ早く必要としている人に届けたい・・・という思いがあった。上平先生のBlog
このプロジェクトが上平先生によって初めて対外的に告知されたのは、「共創・当事者デザイン -当事者と共にデザインすることの意味-」というテーマで開催された日本デザイン学会の討論会であった。2013年になくなった渡辺先生がご存命ならば、まさにこの学会に参加され、登壇されていたのではないかと思うようなテーマだった。また、渡辺さんは函館のご出身で、函館をフィールドとした様々な活動をおこなっていたが、偶然にもその学会は函館未来大学で開催されたものだった。
その後、徐々にお手伝いする人たちが集まり、編集は江口晋太郎さんが担当されることになった。江口さんはジャーナリストとして地域デザインについて取材・発信したり、「日本のシビックエコノミー」などを共著でお書きになっている。江口さんはこのプロジェクトについてこのように述べている。
この遺稿をもとに、渡辺さんが残したもの、それを継承しながら、今の世代、これからの世代が考えるべきことのきっかけとするために言葉を残していく。短い時間ではあるが、自分なりにできるかぎりで原稿を良いものにしていこう。being beta(Shintaro Eguchi blog)
また、グラフィックデザイナーでもある妻の富田真弓が装丁を担当している。表紙は渡辺先生が亡くなった6月の星空が描かれており、様々な事柄や人々をつなぎ合わせて新しい意味を生み出してきた先生の活動を星座に見立てているとのこと。
妻は正月から毎日のように作業をしている。手書きの星空とイラストレーターで書いた星空を並べて、私に「どっちがよい?」と聞いてくる。1mmくらい文字を動かしては印刷して「どっちがよい?」と聞いてくる。見た目がほとんど変わらない紙を二枚ならべて「どっちがよい?」と聞いてくる。鈍感な私の回答にどんな意味があるのかは不明だが、早急に判断せずに実物で検証を重ねる執念深さは、デザイナーのアティテュードとして勉強になっている。
ところで、私は世話人の一人として事務作業や妻のバックアップをしているだけだ。少々申し訳ない気持ちがある…でも、この「自分たち事」という言葉を前にして、他人事として振る舞うことはできない。天国にいる渡辺先生は、この出版プロジェクトそのものが「自分たち事のデザイン」によって生まれるかどうかを微笑ましく見守っているような気がしてくるからだ。
ご関心のある方は、是非応援ください。
https://motion-gallery.net/projects/designing_ours
2018年2月16日 追記:クラウドファンディングは終了しました。ご支援してくださった皆様、誠にありがとうございました。facabookやTwitterで告知投稿しましたが、色々な方々がLikeやShareをしてくださり、多くのひとたちに情報をリーチすることができました。結果、当初の予定よりも多くの支援をいただきました。この場を借りて深く御礼申し上げます。ご到着までいましばらくお待ちください。